ギプス固定
救急車が呼ばれ来るまでの間、私のグループの営業の女の子がそばに座ってずっと一緒にいてくれました。

「体重が重いからですよ。」
「普段動かないくせに、今日に限って張り切ってるからですよ。」
私のことを心配してそばにいてくれてたのかと思いきや、このときとぞばかりに私にいやみを言いに来た様子です。20歳くらい年下の新卒ですから可愛いばかりの娘です。
なにしろ郊外の体育館です。
救急車が来るまでの30分間この関係が続いたのでした。
救急車が到着しました。
よく考えるとわたしは子供のころから結構大けがをした割に、救急車に乗るのは初めてでした。
初救急車 祝!!
救命救急士が乗っている救急車はこの街ではメルセデスベンツ製の救急車なのですが、意識ははっきりしているのでTOYOTA製の救急車がやってきました。

訓練された救急隊員がすぐ足に副木を充ててくれ、完全に足が固定されやっと両手が解放されました。
「お名前教えて下さ~い。」
「この指見えますかあ?」
そのまま救急車の担架に移され、からだも固定され、サイレンを鳴らして市内の救急病院に運ばれました。

あこがれの救急車でしたが、外が見えるわけでもなく、ただ「ピーポーピーポー♪」という音が聞こえるだけで、大きな交差点らしきところではいったん停車して、サイレンを鳴らしながら徐行している、そんな動きだけが感じられるものでしたので、感動はありませんでした。運転をすることが出来たら楽しかったに違いありません。
「ピーポーピーポー♪」という音が変わりません。同じ位置から聞いているので同じまま聞こえるのです。救急車に乗らないと体験できないことでした。
病院には総務の20代後半のベテラン社員が付き添ってきてくれていました。

さすが救急車です。
信号なんか関係ありませんから車でゆうに30分はかかる病院へ、15分足らずで到着しました。
会社の会長が院長と懇意にしていたおかげで、今社会問題化している病院をたらいまわしにされることもなく、すぐに診察を受けることができたのです。なにしろ、地上げがらみで会社が新聞沙汰になったときに、会長がマスコミから避難して入院していたいわくつきの病院です。
ただし水曜日は整形外科の専門医がいない日でしたので、外科の先生の診察でレントゲンを撮って、骨に異常はないということで靱帯損傷だろうという診断でした。
保存療法のためとりあえずギプスをするからと処置室に回されギプスを巻かれました。
骨折でギプスはわかるのですが、靱帯損傷でギプスってなにか納得がいきません。
膝をやってますので、膝だけを固定するのかと思いきや、足首にまで巻かれたのです。
「足首もやるんですか?」
「保存療法だから足首が動くと意味がないからね」
悪夢が蘇ります。
大学生の時に、原付でタクシーと正面衝突して膝を巻き込んだ時も靱帯損傷だと言われて足首から膝まで固定されましたが、足がほぼ伸びた状態で固定されますので、日本の狭いトイレの中では足がはみ出るのです。
ご想像の通り、ドアを開けたままトイレで用を済ませなくてはなりません。
家族には散々嫌味を言われた黒歴史が蘇ります。昔の家でしたので窓があったのが救いでした。いまどき窓のないトイレが普通ですからね。

綿のような包帯を巻かれた上から、石膏を含んだ濡れた包帯を巻くのですが、生暖かい感触からずっと乾く間の約1時間じっとしていましたが、だんだんギプスがきつく感じるようになるのです。
「先生、きつくて痛いんですけど・・・。」と訴えると「腫れてきたかな?ちょっと切れ目を入れるよ。」と何箇所かサンダーで切れ目を入れてもらいかなり楽になりました。
しかし、またしばらくするときつくなってきて「先生、まだ締め付けるんですけど・・・。」と訴えもう数か所切れ目を入れてもらいました。
「これ以上切れ目を入れるとギプスの役に立たなくなるから我慢して。」と言われ、まだきつい感じがしていたのですが我慢して帰宅したのでした。

「ギプスが締め付けるなあ・・・。」「血栓できるんじゃないの?」
痛みを感じながらその夜、床に就きました。
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