MRI
指定された病院は、こんなところに総合病院があったんだというほど知らなかった病院でした。市内の中心部にあるのですが、国家公務員共済組合連合会の経営する〇〇記念病院という病院です。驚いたのが、受付も支払いも機械で行う、当時としては画期的な先進的な病院でした。まだその頃はどの病院も窓口で受け付けの女性がいて、総合病院ならば会計が別のところにありますが、そこにも女性がいるのがスタンダードでしたので、ほとんど人のいない病院というイメージです。建物のデザインも外壁がピンクで、そのせいで病院だとこれまで気づかなかったようです。

当日、胴体の撮影でしたので前の晩から何も食べずに検査に行きました。
すでに外来受付が終わってからの誰もいない時間でしたため、病院の玄関を入り、受付を済ませ、がらんとした広いロビーに並んでいる、これもピンクのベンチシートの端っこに座って呼ばれるのを待ちます。
MRI検査室に案内され、金属を持ってないか盛んに聞かれました。キャッシュカードやクレジットカードも磁気でダメになるので持ち込まないように、金属があると磁石の力が強いので弾丸のように飛んで身体を突き抜けたり、数億円のMRIの機械に穴をあけてしますそうです。早速、丸い宇宙へワープするための入り口のようなドームの中にあお仰向けに寝るように指示され、横になると身体を固定され、いざ始めようとしたのですが、腰がピンと張ると長時間その姿勢が難しいので、腰の下に薄い枕を入れてもらいました。その間「コンコンコンコンコン・プシュー・プシュー」と繰り返し水平対向エンジンのような音が鳴り続けています。

技師が別室に入り「では始めます。動かないでくださいね。」とスピーカーから声が聞こえます。30分間「ビー・ビー・ゴーゴー・ド・ド・ド・ド・ド・ド・ブーブーブーブーブー・ガガガガガガガガガガガガ・ボーボーボーボー・ブブブブブブブブブブ」と轟音が轟き、胴体の輪切り撮影が行われたのです。
かなり振動が身体に伝わります。
「コンコンコンコンコン・プシュー・プシュー」は相変わらず聞こえてきます。
撮影が終わり、MRI室の前のベンチに座って待っていると30分ほどして診断医がやってきて診断結果とフィルムを渡されました。
支払いを済ませ、フィルムを持って病院に戻り、フィルムを病院の受付で渡して、診察室に呼ばれます。
ノックしてドアを開け、診察用の椅子に座り医師の説明が始まりました。
診断結果は、ヘルニアを起こしていた部分の椎間板の画像でしたから、黒くなっているところが椎間板の組織が流れ出て脊椎の神経を圧迫している部分だということで、そのため、少しでも姿勢の角度が変わると神経痛や麻痺症状が出ていたのは、ここが神経を圧迫していたからだということが判ります。


すでに当たっているので、腰を曲げることで神経を更に圧迫してしまっていたのです。
後遺障害の認定ともなると、ムチ打ちや腰痛は日常生活でもなりやすく痛みを訴える人が何万人ともいますのでなかなか認定が下りないと聞いていました。しかし、痛いものは痛いので、MRI画像にも鮮明に映る他覚症状があるということで意地でも保険会社に後遺障害補償を求めることにしたのです。
異議申立書という用紙が前回の通知の時に同封されていましたから、判断は間違っていると主張する内容で、社用箋2枚ぐらいにぎっしりと主張を書いて送り返すことから始めます。
すると、書類が届いたころに受け付けた損害保険会社から、裁定が正しかったのかどうか別の中立機関(交通事故審査会とかいう組織だそうです。)に答申するので少し時間がかかる、場合によっては3か月くらいかかるかもしれないとの連絡があり、中立機関が判断してくれるのであればと納得して待つことにしました。
結果は1か月後に文章でやってきました。
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