脱腸(ヘルニア)3 下痢
二日目の夜、皆が寝静まったころ、急激な便意を催します。
「なんだ?この違和感は?」
とにかくトイレに駆け込みます。
猛烈な勢いで、ドロドロの液体が身体から抜け出ていったのです。(画像自粛)
肛門が熱い!痛い!感覚がない!トイレを離れると勝手に漏れ出る気がしてなかなか出られない。
しばらく経って、やっと全てを出し切った感があり、トイレを出て眠りにつきました。
しかし、30分もしないうちに、同じ便意を催します。
これを一晩中繰り返して、翌朝には寝不足の極み。
胃の中も煮えくり返った状態で、朝ご飯を食べるどころではありません。吐き気はないのですが、食欲が湧きません。むしろ、口にしたものすべてが直行列車です。
片時もトイレから離れることができませんので、ホテルから出ることすらできません。
昼過ぎに、ようやくなにか口にしようと思い立ち、ホテルの裏手にあるコンビニのような店に入り牛乳を1本買おうとしました。

牛乳瓶200cc1本、1000ウォン。
どうもこの貨幣価値に慣れることができません。
牛乳に1000円払うような気分です。

韓国の物価は安いと聞いていましたため、おこづかいは10000円持っていきましたから、100000ウォンはありました。カードで買えるものはカードがありましたし。
でも、保険のない国で病院に行けるほど持っていたわけではありませんので、とにかく耐えるしかなかったのです。
コンビニらしき店に、薬はないかと聞いたら、当然ないとの答え。
そこで思いついたのが、ホテルの救護室。
さすが一流ホテルです、医師が常駐していました。日本語も通じるし、とりあえず下痢止めを処方してもらえ、しかも初診はホテルのサービスでした。
かといって、下痢が止まることはありませんでした。
何が原因なのか、ずっと考えていました。
韓国についてから口にしたものをすべて思い出します。いまこそスマホ片手に片っ端から写真を撮る習慣が身についていますが、当時はまだiphone4の時代。室内で取る写真にはまだ限界があり、あまりうまく写らなかった時代の話です。
「なに食べたっけ?」
同僚たちはみんな口をそろえてあのときの屋台のメロンだと言います。否定はできませんでした。

でも、食中毒であれば普通、強烈な吐き気もあるはずなのです。
どちらかというと「上から、下から」というやつ。。。がない。
しかし、以後帰国するまで、ろくなものも食べずに、どこにも行かずに韓国で過ごしたのでした。
することもなく、海外旅行あるあるですが、テレビ観ても言葉がわからないのでつまらない。まだブラウン管が主流の時代です。もうじき、地デジになると騒がれていたど真ん中でした。昔ハワイに行ったとき、ホテルの備え付けのテレビのチャンネルがダイヤル式だったことを思い出します。
いまどきの若い子たちには、ことさらZ世代には、UHFとVHFというものすら知らないだろうなあ。そもそも、テレビを観ないでネットばかり観てる世代なので、テレビのチャンネルを自動で合わせてくれるのがネイティブだと、UHFでダイヤルを回しながらチャンネルを合わせていた時代なんて知らないでしょうね。
さて問題点がひとつ。このお腹が、飛行機のGに耐えられるか。
耐えることができないと、あの密室空間で最悪の事態が!!!
無事に帰国することができるのでしょうか。
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