胃潰瘍その6(そして退院、そして衝撃の支払い)
術後、全身麻酔が長かったせいで肺機能がずっと低下していました。と言いたいですが、看護師長の話では、私のお腹がメタボ腹で、かなりの密度で脂肪が詰まっていますので、肺が空気をたくさん取り込もうとしても、脂肪が邪魔をして十分な呼吸ができていないそうなのです。毎日検温の時に飽和酸素濃度を観ながら看護師さんが、「まだダメね。」と言っていたのですが、酸素濃度が戻るまでは退院はできないと宣告されていました。

指先の酸素濃度が80%をさまよっていてちょっと動くとすぐ息が切れてしまうので、最上階の入院患者用サロンに行くのでもかなりの負担だったのです。サロンはワンフロア360°の視界を誇る景色・・・ではあるのですが、某自動車メーカーの経営する病院で、自動車工場の真向かいにありますので、あまり景色がいいわけではありませんでしたが、陽当たりがいいので、開放感はありました。私の手術中、家族はずっとここに居たそうです。


本来なら、一人で黙ってさっさと手術を済ませて何事もなかったかのように帰りたかったのですが、立会する人がいないと手術ができないと病院が全力を挙げて立会人を用意しろと言うものですから、渋々女房に会社を休んでもらって立ち会うようにしてたのですが、両親まで呼んでここでずっと待っていたようです。
手術が終わって退院するまでは、娘がたびたびお見舞いに来てくれていましたが、息子は一度も来ない。さすが私の子です。わたしも、父が密かに大腸ポリープの手術をして、入院していたことがありましたが一度もお見舞いに行ったことがありません。父は入院とか手術とかしたことがなかったので、母の話ではかなりビビッていたらしいですが、母や私はなんども手術の経験があるので、日常生活のように入院に違和感はありませんでした。
そういえば、母も若いころに胃潰瘍で手術して胃が3分の1になっていたと聞いていますので、母息子で同じような病気になっていたことに、このドキュメントを書いているいま気づきました。(遅)
週を明けて8日目にやっと飽和酸素濃度が96%くらいにまで回復したのですが、退院後もなんとなく息苦しい時がしばらく引きずっていたように思います。
ついに食事に不安がなければ次の日に退院してもいいという許可が出ました。
予定より1日早く退院できそうでしたので少々のことは「大丈夫・大丈夫」と押し切る一日です。
なのに夜になってまた発熱したのです。「ヤバイ・・・」
翌朝熱が下がっていました。
即効で退院準備です。治療費の支払いも窓口で済ませ、逃げるようにして病院を後にしました。
例によって誰も迎えに来てくれないので、病院の真向かいにあったスーパーマーケットで食べたかったものをいっぱい買って、スーパー前からタクシーで帰りました。

いっぱい買ったのはいいのですがそんなには食べられないのを忘れていました。
いつもの調子で買ってもおなかが受け付けないのに・・・。
帰ると、誰もいないので徐々にいつもの生活に戻り、投げてあった皿を洗い、洗濯をして、晩御飯に叉焼を作って家族の帰りを待ちました。
共働きの夫婦なのでこれらの家事は私の分担で、入院中は女房に大きな負担をかけました。
ところで、支払いに関してひとつ失敗・・・大失敗をしました。
高額医療費給付制度は1ヶ月内に支払う医療費が一定額を超える場合、その部分は医療保険が負担してくれる制度なのですが、僕の場合入院したのが月末で月をまたがってしまったため2か月分の負担になってしまいました。
1ヶ月内の入院の場合、緊急でなければ月初に入院したほうが賢い入院です。
退院してから生命保険請求用の診断書を病院に渡し書いてくれるようお願いをしましたが、3000円の文書料が要ります。
それ以上は保険が下りるだろうと思っていましたので、必要経費です。
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