クレジットヒストリー物語(18)

国民生活金融公庫(旧国民金融公庫)

補足

 国民生活金融公庫(旧国民金融公庫)の顛末をもう少し詳しくお話しします。

 そもそもは、私があの資金繰りの苦しい時に、銀行に言われるがままに国民生活金融公庫に借り入れ申し込みをし、2ヶ月後には資金ショートを起こして、不渡りを出し、国民金融公庫に支払いができなくなったことに対し、なにも言い訳をするつもりはありません。

 しかし、納得がいかないのはその後の国民金融公庫の債権回収担当の対応でした。

 社長であった私は借り入れに際して当然個人保証を入れます。

 会社が不渡りを出し銀行が凍結され毎月の支払いも滞ったからには債権管理担当から私の自宅に督促状が届きます。その督促状には、「お話したいことがありますので支店に来てください。」と書いてありました。

 当時、破産を決意した後は、一切、該当する金融機関と接触を持ってはいけないと弁護士にきつく言われていましたので、わたしは半月に一回届く封筒を通算5年間見てきてたのです。手元にはまだその封筒の束があります。というより、月に2回も5年間送るだけで、なにもしないという金融機関も変な話ではあります。給料を差し押さえるとか、なんらかの行動に出るか、そうでなければなにもしないというのが普通だと思うのですが、やはり異次元の金融機関でした。

異次元

 ただし、破産の手続きに入るまで小一年ありましたので、一回だけ支店に赴いたことがありました。

 何をしに行ったかというと和議の方向性を探りに行ったのです。

法務省

 和議というのは、現在の債務をいったん止めて全債権者と一緒にこれからの支払い方法を協議する場です。債務一部免除も含めた協議になりますので、全債権者の同意が必須でしたから、まずメインバンク、次に仕入整理中の商社、そして国民金融公庫に打診してみたのです。

 メインバンクも商社も回収ができればいいので話し合いには応じる旨を快く引き受けてくれました。

 政府系金融機関の金融公庫なら当然厳しいことは言わないだろうと甘い気持ちで赴いたわけです。

 支店に入り右奥のデスクのほうへ通されました。

 封筒を見せ、初老の背の低い男性が「どうやって返済するつもりか聞かせて欲しい。」と切り出しました。

 わたしは事の顛末を説明し、謝罪し、最後に和議の方向性をこちらから切り出したのです。

 和議に持ち込むといっても支払いが可能でなくてはなりません。私のこれからの収入の中でおおむね5年から10年以内に完済できる額これが和議の妥結点になります。月10万円として年間120万円。10年で1200万円が総支払額の限界点でしょう。

 総負債額5億円からすると微々たるものですし5億円の中の数千万円の割合で行くと国民生活金融公庫の受取額はせいぜい月2万円。

 担当者もよほどアホらしかったのでしょう。

 馬鹿にするような笑い方をして眼鏡の奥から私を睨みつけ「そんな程度の計画だったら、さっさと破産して自然債務にして公庫にだけ全額返済してくれ!!」と私を一喝したのでした。

 この一言で、全員の同意はもらえないことが確定しましたのでこれ以後私は和議の方向性を探ることはやめたのでした。

 銀行や商社のことを思うと極めてお役所体質なんだなぁと実感したのでした。

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