新規借入までの道のり
債務を時効消滅させたとはいえ、信用情報機関的には延滞解消しただけです。

この記録は最低でも5年 は残ります。
ですから、当分新規の借金はできないので、現金主義に徹することから再生の道は始まりました。とはいえ、時々ピンチに立つので、そんなときに役立ったのが社内融資です。
社員会の行う小額融資で、5万円が限度額でしたが勤務先の人たちは、私が会社をひとつ潰していることをみんな知ってますので社員会融資の常連であったのは周知の事実でした。
市の融資もあると聞いていましたが、折からの財政難で生活保護受給者者向けの低額融資以外制度自体が廃止になっていて、事実上借金のできない生活が続いたのです。
電子レンジ がなくても結構2年くらい生活ができました。

冷蔵庫 が壊れた時は大変でした。

これはさすがにないと困りましたので、社内融資とその月のおこずかいとを足して、とにかく安いのを探して買いました。
エアコンが壊れた時には家族中が死ぬ思いをしました。よりによって エアコンを使う時って、暑いか寒いかのどちらかのときです。普通、春や秋にちゃんと動くか確かめないじゃないですか。折しも梅雨入りの殺人的蒸し暑さの夜、エアコンがどうやっても動かないのでした。毎晩暑苦しくて寝不足が続きます。やっと購入しても設置まで2週間待ち・・・。忘れられない真夏の夜の夢でした。

でも、借金をしない生活だと、いつまでも無借金生活なので精神的にはかなり楽だったと思います。
傍から見るより厳しかった会社経営時代のことを思うと独身貴族並みの気軽さでした。
しかし、生活というものは同じ状態が長くは続かないものです。
私の勤める部門が閉鎖になるのではないかという危機が訪れ、わたしも転職の道を探る必要が出てきたのです。転職ともなると40歳に近づいた私には「減収」の二文字が浮かんできます。なにか融資を受けることができるところはないかと必死にインターネットで探しました。
「できるだけ多くのお客様にご融資を!」「公平なクレジット機会のご提供」こんな金融機関を見つけたのです。
でも、登録番号が東京(1)。。。できたばっかりの、S〇Iイ〇ールクレジット社でした。もともと信用の低い顧客に融資の門戸を拡げていましたから、業績不振のせいなのか6年後にはカード会社に吸収合併されたのですが、藁をもすがる思いで、5万円でも10万円でもいいと申し込みをしたのを覚えています。
金利は年利29.2%。
いままで、銀行の一桁金利しか利用していなかった私には恐ろしいほどの高金利でした。いまこそ、法改正でほとんどの金融機関がグレーゾーン金利を撤廃しましたが当時は普通の金利だったのです。インターネット申し込みをした翌日、かわいらしい女性の声で本人確認の電話が鳴りました。
ナ・ナ・なんとその場で、30万円の融資をしてくれるというのです。早っ!
特に今お金が必要で申し込んだのではなく、あくまでもいざというときのために枠だけ取っておきたかった私には、これでとても安心した気がしました。
ただ、困ったのがすぐに振込みをさせろというのです。
緊急でお金が必要だったわけでないので、振り込まれるとすぐ使ってしまいそうで必死に抵抗しましたが、逆らって融資をやめるといわれても困るのでしぶしぶ口座に振り込んでもらいました。
月末に近かったので、翌月に入るとすぐに返済しましたけど・・・。
そうなのです。消費者金融は貸してナンボという面があるので、審査で可決したら、逆に全額融資しようとするのです。そうしないと休眠資金が増えて利回りが悪化するからですね。そんなことも知らずに拒否しようとしていたのでした。
その後の与信管理でも、返済をし続けていたら、また満額まで1000円単位で借りてくれと電話がかかってきます。
つまり30万円の29.2%をずっと払い続けながら、元金も返済しないといけない、リボルビング地獄が待っていたのです。
ちなみに銀行でも似たような融資制度がありました。
1200万円を1年で返済する計画で事業資金を借りるのに、返済を月100万円。それとは別に定期積金を月100万円積み上げることが条件で融資を受けられるものです。またその他にも600万円の定期預金を崩させてもらえませんでした。
これって、実質、銀行にとっては、融資のための原資が不要で、利ザヤだけが残るドル箱だったのです。借りるほうは毎月の返済以外に固定のキャッシュが必要で、キャッシュフローが超悪化する原因でした。
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