クレジットヒストリー物語(4)

個人保証の末期

 それから1年余り、債権管理部の担当者と協力して、本当の仕入れと、覚えのないものをすべて仕分けしました。

 銀行融資分を含めて総負債額5億円。そのうち個人保証分が3億円。

 個人で返済するには限界を超える金額でした。

 債権管理部の方とも信頼関係が芽生え、回収不能であることを理解してもらい自己破産の道を選択することを伝え、了承してもらいました。

悟りの境地

 

 次に出てきた問題は、自己破産の方法です。


 弁護士に依頼するには、個人で約50万円の費用がかかります。司法書士でも約20万円程度と言われています。

 自己破産ですから、会社への個人保証分以外、私自身の個人的な借金まですべてを清算する必要があります。自分でやるという選択肢も無きにしも非ずでしたが、手続きが完了するまで、とくに破産宣告まで債権者を黙らせるには、弁護士通知が最も効果的ですので、代理人に依頼するほうが得策ではないかと考えていました。


 幸い、私には特殊技術がありましたので、その分野で技術を欲しがっていた元取引先の好意もあり、不渡りを出してから以後、そこに勤めていましたから、既に破産状態にあったにせよ、家族3人が生活するには充分なお給料をいただいていました。ただ贅沢はできませんでしたので、私立小学校に通わせていた息子は公立小学校に転校させました。債権者も紳士的なところばかりではありましたが、意外にも意外な行動に出たのはメインバンクでした。

私には特殊技術がありました

 

 国民金融公庫の一件にとどまらず、いち早くサービサー(債権回収会社)に債権を譲渡され、店の敷地についていた根抵当権だけはメインバンクに残されたため、最終的に根抵当権の実行によって回収したのもメインバンクのみでした。
 実は、国民金融公庫の一件以外にも、メインバンクは、不渡りを出す4ヶ月前に県信用保証協会の保証話を持ち込んでいたのです。ちょうど県信用保証協会の保証枠が増額されたとの発表と時を同じくしていました。
 いままでは一度も利用したことのなかった県信用保証協会の保証枠は充分なほどでした。
 結局、メインバンクからの貸出残高の50%を県に保証させ、代位弁済で回収を完了したのもメインバンクだったのです。
 店の敷地の処分額は二束三文でしたので、バブル景気に沸いて日本中の不動産が高騰していた時に1億かけて手に入れていた敷地が1000万円で落札され、融資残高の55%をメインバンクは回収したことになります。
 後日に聞いた話でしたが、回収不能に陥った金融機関は、融資残高の50%を損金として計上できたため、最終的には、全額回収したのと同じ結果を出したのでした。
 企業としては制度を最高度に活用した立派な行為だったので脱帽の限りですが、これが知る者と知らざる者との境界線であることに違いありません。無知こそ罪なのです。

 また、もっと驚きの行動(・・・厳密には発言でしたが)をされた金融機関があります。

 2回目の不渡りを出して銀行取引停止処分となり、名実ともに倒産したころに、国民金融公庫より最寄りの支店に来るよう通知が何度か来ていました。最も心苦しいことをしてしまった融資先ですので、なにか返済のための相談ができないものかと、気にしていました。

 2週間に1回のペースで通知書が来るものですから、まだ債務の整理もできてない時期でしたので、とりあえず話を聞いてもらおうと支店を訪れ、債権回収担当者と面談をしました。背の低い、痩せた初老の男性でしたが、あのときは事業継続ができると思っていたこと、取次銀行の口座に振り込まれた後、その銀行が既存債務と相殺してしまい運転資金が尽きたことを説明して、理解してもらえたかと思っていたら、その担当者に

「破産して免責決定が出た後に公庫にだけ返済してくれ」と真顔で言われたのです。

 任意弁済は違法ではありませんが、破産法の趣旨を逸脱していますので、それを公的融資機関に言われるなんて、全くの予想外のことでした。

 話が脱線しましたが、そこそこ生活費があったおかげで自分自身で動かなくてもすべてを代理してくれる弁護士に依頼することができました。が・・・、その弁護士が曲者だったのです。

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